出雲観光ガイド

荒神谷遺跡

それは一片の土器の発見からはじまりました。大量の青銅器が意味するものとは?歴史を揺るがす大発見の謎に迫ります。

住所

出雲市斐川町神庭873番地8

問い合わせ電話番号

0853-72-9044

営業時間

定休日

二千年の眠りから覚めた出雲王国の証

一片の土器からはじまった遺跡調査

1983年(昭和58)、広域農道の建設に伴い斐川町神庭西谷周辺で遺跡分布調査を行ったところ、調査員の一人が田んぼの畦で須恵器(古墳時代の後半から日本でつくられた陶質の土器)の破片を拾いました。

この谷の南側に「三宝荒神」が祀られていることから遺跡名を「荒神谷遺跡(こうじんだにいせき)」と命名、翌年1984年から始まった本格的な発掘調査により、銅剣358本が発掘されました。
それまで全国で出土した銅剣の総数は約300本、荒神谷遺跡はそれを一ヶ所で上回る出土数で、当時の日本古代史学・考古学界を大きく揺るがす大発見となりました。

さらに翌年の1985年にはそこから7mほど離れた地点で銅鐸6個、銅矛16本という大量の青銅器が出土。これらは全て1998年に「島根県荒神谷遺跡出土品」として国宝に指定されています。

写真1

358本の銅剣

遺跡の場所は斐川町の仏経山(ぶっきょうざん)から北東3kmの位置にあります。
標高22mの小さな谷間の南向きの斜面に上下二段の加工段が作られ、その下段に刃を起こした状態の銅剣が合計358本、4列に整然と並べた形で埋められていました。

銅剣は約2200年前の弥生時代前期、朝鮮半島より武器として伝わってきたといわれ、銅に少量のすずや鉛などをまぜた合金で、作られたときは金色の輝きを帯びていたものと思われます。
これらはいつどこで作られたものかなど、はっきり分かっていませんが、同じ鋳型で製造されたものが多いことから、同じ時期に同じ場所で作られたものだと考えられています。

青銅器につけられた謎の刻印

銅剣に刻まれた「×」印

加茂岩倉遺跡で発掘された銅鐸にも同じ刻印が

出土した358本の銅剣のうち344本に「×」印が刻まれていました。
荒神谷遺跡の発見から12年後の1996年、ここから山を隔てた3.4kmの加茂岩倉遺跡(かもいわくらいせき)から39個という大量の銅鐸が発見され、そのうちの14個にも、銅剣と同じ「×」の刻印が見つかっており、二つの遺跡の関係性や刻印の意味などが注目されています。
※これら銅鐸も全て国宝に指定され、加茂岩倉遺跡も国の指定史跡となっています。

人々の想像をかきたてる古代出雲の真相

写真5

まさに世紀の大発見といえるこれら青銅器の大量出土ですが、一体いつ誰が、何のために埋めたのかなど、詳しい事はほとんど分かっていません。
それまで島根県は青銅器の出土例や遺跡等の発見もほとんどなく、考古学上それほど注目をされていませんでした。
日本最古の歴史書である「古事記」などには古代出雲の記述があり、神話の舞台としても数多く登場する地であるにもかかわらず、「出雲王国」を具体的に証明できるものがなかったため、それらは神話の域を脱する事はありませんでした。しかしこの大量の青銅器の発見に「出雲には何かがあった」と出雲王国の存在を誰もが感じ、神話は一気に現実味を帯びることになりました。

※実際に出土した青銅器は、現在は文化庁が所蔵し、古代出雲歴史博物館に常設展示されています。
また古代出雲歴史博物館においても、修復作業や他県への出品等で、全点展示されていないことがあります。詳しくは古代出雲歴史博物館までお問い合わせください。

青銅器の埋納諸説

あなたはどれだと思いますか?

大量の青銅器の埋納については様々な推測が飛び交い、いまだ多くの謎に包まれています。それゆえに想像やロマンは膨らみ、古代出雲を探求する人は後を絶ちません。
だれがいつ、何のために埋めたのか。遺跡を訪ね、その謎を解いてみませんか?

1.祭祀説 雨乞い、収穫、地鎮など豊穣の祈りを大地に捧げる祭祀
2.保管説 マツリの儀式の時に取り出して使用するため、普段は土中に保管した
3.隠匿説 大切な宝である青銅器を、部外者から奪われないように隠した
4.廃棄説 時代の変化により青銅器が不要になったため破棄された
5.境界埋納説 共同体間の抗争の緊張から生まれた“境界意識”の反映

荒神谷博物館展示ガイドブックより引用

荒神谷史跡公園

写真8

毎年たくさんの花を咲かせる古代ハス(正式名称/大賀ハス)

荒神谷史跡公園は、荒神谷遺跡を中心とする「出雲の原郷」の歴史景観を守り未来へと伝えることを目的に、平成7年5月にオープンしました。
公園中央にある西谷池を中心に、北側に遺跡や博物館、南側にはアスレチックや古代復元住居などがあり、大人から子どもまで楽しめる複合施設になっています。

公園の北側と南側の二ヶ所に駐車場があり、遺跡や博物館へは北駐車場が便利です。北駐車場から公園に入ると右手に荒神谷博物館、正面奥には5000㎡の水田があり、6月中旬頃からは約5万本のハスの花が水田一面に咲き誇ります。

古代の小径と呼ばれる水田の脇道を進むと遺跡があり、実際に銅剣が出土した場所をご覧いただけます。出土した当時の状況がレプリカで再現され、少し高い場所から遺跡全体を見ることもできます。

希望があればボランティアガイドさんが遺跡を案内してくれます。

古代の生活を復元した竪穴式住居も。

荒神谷博物館

荒神谷博物館では、企画展示や大型映像、ジオラマなどで遺跡の謎にせまります!
また館内ミュージアムショップでは特産品や遺跡や神話の関連書籍を販売しています。

荒神谷史跡公園マップ

写真14

関連ページ

詳細

名称 荒神谷遺跡
住所 出雲市斐川町神庭873番地8
問い合わせ電話番号 0853-72-9044
駐車場 有り 
交通アクセス ■JR
□東京・大阪(JR新幹線)→岡山(特急やくも)→出雲市
*出雲市駅から車で20分
※最寄駅荘原駅から車で5分

■車
□京阪神方面→中国自動車道→米子自動車道→山陰自動車道(斐川IC)→広域農道(出雲ロマン街道)
□広島方面→国道54号(宍道)→広域農道(出雲ロマン街道)
□山口方面→国道9号線(国道9号線、神立橋から約10分〈9Km〉)

■飛行機
□札幌・東京・名古屋・大阪・福岡・沖縄→出雲空港
*出雲空港より車で10分